口臭治療
◆ 不思議な口臭
世の中には不思議な事もあります。口臭に関しても、原因の良く分からない口臭に苦しんでおられる患者さんがいました。
自分だけが感じる口臭は実に厄介です。
あちこちの歯科医院で検査をしてもらい、医科の病院で必要な検査を受けても、全く異常がないにもかかわらず『口臭がある』という場合があります。
御本人の歯磨きは非常に熱心で、このホームページの『歯磨きについてのページ』に記載されている程度の内容の歯磨きは1日3回ほぼ完璧に行っておられます。見たところ、お口の中は非常に清潔で、虫歯や歯周病の気配は感じられませんし、私も口臭を感じません。
でも『口臭がある』とその悲しみを切々と訴えられるのです。
心因性口臭の場合には、生理的口臭を気にしすぎている場合が殆どです。
しかし、この『不思議な口臭』は確かに本人だけが敏感に口臭を感じておられるようです。
本人に良く話しを聞いてみると、このようなタイプの口臭には、ある決まったパターンがあるようです。
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たとえば、『朝10時頃だけ』とか『食事が終わって、丁寧な歯みがきもきちんと行ったあと数時間後に決まって感じる』『夜、布団に入った時』『右の奥歯で硬い物を噛んだあと数分後に感じる』などです。
こういった症例は非常に少ないのですが、患者さんと真剣に向き合って色々と話をしてみますと、原因の検討がつき、もし、その予想が当たっていれば、処置さえ行えば直ぐに解決する場合もあります。
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このタイプの口臭でお悩みの方は、口臭を、
一日の間で、いつ感じるか
どの程度の口臭か
どのあたりの歯から感じるか
どんな場所で感じるか(例えば、暖かいオフィスで仕事をしている時に強く感じる)
どのような時には感じないのか
などを詳しくメモしておき、そのメモを元に歯科医師に相談してみて下さい。
私が経験した症例では、原因がたった1本のわずかに傾いた親しらずであったケース、きちんと治療してある詰め物の内部で虫歯が見つかったケースがありました。
これらのケースでは、治療を行なった後、比較的短時間で口臭を感じなくなったと喜ばれました。
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但し、これを診断するには、歯科医師にかなりの想像力が要求されます。
口臭の原因を頭の中で全て考え、ひとつひとつを検証して、考えうる選択肢を、なかば感のようなもので決定して、その原因と思われる場所を丁寧に探してゆかなくてはなりません。
この様な患者さんは既に専門医の検査・診断を受けて『異常なしと』判断されています。
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ですから、事を慎重に運ばなくてはなりません。
必要な検査を丁寧にもう一度やり直して、可能性は小さくても考えうる原因をなんとか見つけ出します。
『正常値の上限』付近の値や状態が見つかったら、これを手がかりに、さらに原因歯(?)を絞り込んで詳しく調べてみます。
この段階で予想が当たっていれば万歳です。はずれだったら、いくら治療しても治りません。
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詰め物の内部にあった虫歯が原因だった患者さんの治療の時が、私にとって、正に博打の様なものでした。
その歯に、目をつけてレントゲン写真を3方向から撮影しました。その内の一枚に歯と詰め物の境目で、歯と歯の間の部分に、ほんのわずかな黒い像が写っていました。
しかし、この程度の黒い影はレントゲン写真では『異常』と判断できる様なものではなく、撮影の条件次第では、そのように写る場合もあるといった程度のものでした。目の錯覚でも起こりうる状態でした。
皆さんは『接線効果』という言葉を聞いた事がありますか?
これは、「白に接する黒はより黒く見え、黒に接する白はより白く見える。」というもので、人間の目の錯覚の代表選手のようなものです。
我々歯科医師はレントゲン写真を見る際には、この接線効果を差し引いて、頭の中で画像を修正しながら診断を行なっているんですよ!
こんな事を考えながら、「自分の見込み違いだったのかな?」とあきらめかけたとき、何故かふっと、訳の分からない感覚に襲われて、先の尖った器具を手にとって、歯と詰め物の間を探ってみました。
場所が歯と歯の間ですから、非常に判断し難いのですが、1ヶ所に僅かな隙間があるような気がしたのです。
ただ、気がしただけです。
レントゲン写真を良く見直してみましたが、はっきりと虫歯と言える影はどこにも写っていません。
患者さんに、検査と診察の結果を伝え、原因があるとしたら、ここである様な気がする旨をお話しました。
患者さんも、悩んだ末の当院への来院だったのでしょう。『先生がそう感じるのなら治療をやり直してみて下さい。』と言われました。
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麻酔の注射を手に、おごそかに原因と思われる歯の周囲に麻酔を行ないました。
私も祈るような気持ちでした。歯医者を辞めたくなるような瞬間です。
歯に詰めてあった銀を除去したとき、びっくりしました。内部に確かに虫歯があったのです。
もう一度レントゲン写真を見直してみました。その虫歯の位置は、ちょうど詰め物の白い影と重なって判断のつかない位置でした。
早速、丁寧に虫歯の部分を除去した後、歯の神経を保護する薬を、内部に充填して、丁寧に削り直して、歯の型を採りました。
対合する歯が健全歯でしたので、ガルバニ電流(金合金修復のページ参照)の起こる危険も少ないと考え、患者さんと話合って高カラット金合金で詰め物を作製して、装着しました。
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それ以後、全く口臭を感じなくなったとの患者さんの嬉い報告を聞いた時、一番嬉しかったのは、私自身でした。自分は歯医者をしていてよかったなと感じた瞬間でもありました。
たった1本の虫歯からも、自分にしか感じない『不思議な口臭』の原因になりうるのです。
歯科医師にとって原因を追究するのも大変、
「もし予想が違っていたら自分は患者さんから恨まれるかもしれない。」という一種の恐怖
「もし間違っていたら患者さんに申し訳ない。」という自責の念
・・・・歯医者は楽な仕事ではありません。・・・・
歯科医がこれらのプレッシャーに打ち勝って始めて消える『口臭』もあるんです。
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