インプラント
◆ インプラントの考え方
インプラントと免疫
■歯肉溝(歯とはぐきの間の溝)……この神が与えたもうた巧妙な免疫システム
『歯』と『はぐき』の境目は、
細菌と人間の免疫が繰り広げる
壮絶な戦場
であると言うことができます。
天然歯の場合、硬い歯は硬い顎の骨と癒着しているのではありません。
歯の根は、顎の骨や歯茎と弾力のある無数の繊維でつながれているのです。
そして、この歯と歯茎の境目には歯肉溝と呼ばれる深さ1㎜程の溝があります。
この溝こそ、神が人間に与えたもうたと言って良いほど巧妙な免疫のメカニズムが働いている場所なのです。
歯肉溝内は組織液でみたされており、この中に『見張り役』とも呼べる細胞が、絶えず外敵(細菌など)が侵入しないか見張っています。
ひとたび、ここに外敵(細菌など)が侵入したら、『見張り役』は大急ぎで敵の侵入を体に伝えます。
これを受けて、迎撃役の細胞(リンパ球、白血球、食細胞)などが歯肉溝付近に集結して、敵を迎え撃ちます。
仮に敵の数が多すぎたり、手ごわかったりすると、この歯肉溝の深部にただちに新しい城壁を作り上げ、敵が深部に侵入出来ないように防御します。
この状態が歯肉の炎症です。このメカニズムにより、炎症は内部に進行するのを阻止されて、歯茎の付近で留まっていられるのです。
インプラントで泣かないために
もし、このようなメカニズムが働かなかったら、細菌は簡単に歯の根の表面を伝わって容易に顎の骨に到達して、ここで勢力を広げて『骨髄炎』という顎の骨自体が腐ってしまうという恐ろしい病気を簡単に起こしてしまう事になります。
こうなると、どんなに後悔しても、まず100%『手術台送り』になり、全身麻酔下で顎の骨の一部を切除して、インプラントを顎の骨の一部と一緒に除去する手術を受けなくてはならなくなります。
などと、後から決して後悔しないように、インプラントの良い所ばかりに目を向けずに、このような可能性もある事を十分心に刻み付けておいて下さい。
特に今後高齢者社会を迎えることになります。
現在インプラントを入れている方も、やがて高齢や病気のために、いつ介護をうけなければならなくなるか分かりません。
元気な間は、通常のハブラシに加えて、超音波ハブラシ、歯間ブラシ、デンタルフロス、水力による清掃用具、および洗口剤の併用による丁寧な歯磨きをおこなう事により、毎日自分で行い十分な管理ができます。
しかし、介護士さんのお世話にならなければならない場合に、介護士さんには、どの歯にインプラントが植立されているのか見分ける訓練が出来ていないと、お口の中を覗き込んでもさっぱりわかりません。
仮に、インプラントの場所が分かったとしても、現在の所、全ての介護士さんがインプラントのお手入れ方法を知っているとは限りません。
このため、社会福祉施設、老人ホームなどでは、このインプラントが原因と考えられるお口の中の炎症がたびたび起こり、インプラントさえ入っていなければ、投薬されずに済む抗生物質を繰り返し投与されているお年寄りの方が沢山存在し、介護士さんたちを苦労させているという事実も、心に留めておく必要があります。
今後、場合によっては、社会福祉施設、老人ホームに入居する前にインプラントを除去して『入れ歯』にしてからでないと入居を断られるケースが出てくるかもしれません。
義歯の場合は、介護士さんが、取り出して綺麗に磨いてあげれは、あとは普通に歯磨きをしさえすれば済むのですが、『インプラント』となると、将来、介護士さんの対応が間に合わなくなる可能性があるからです。
インプラントの場合とちがって、『入れ歯』で噛む事には訓練(練習)が必要です。
また『入れ歯』に付いているバネやハリガネなどの異物に慣れるのには、我慢と根気が必要です。
社会福祉施設、老人ホームに入居しなくてはならなくなる時は体調も良くない時が多いと思います。
こんな時期に、インプラントから『入れ歯』に変更して慣らす事には、想像以上の苦難が予想されます。
インプラントに慎重な先生は患者さんの20年後30年後にまで思いを巡らせ、色々考える先生です。
他方で、インプラントを積極的に薦める先生は、気持ちが悪いとか、慣れないという理由で入れ歯を入れずに生活している患者さんを見て、
「これでは健康に良くないばかりか顎関節症などの別の病気を引き起こす原因である。入れ歯にどうしても抵抗があるのであれば、今はインプラントを入れてきちんと噛めるようにしておくことが大切である」
という、今と近い将来を見つめておられ、将来の事はその時になって考えるしか他に手段が無いと考えておられます。
インプラント植立に当たっては慎重な判断が要求される事が良くお分かりになった事と思います。
これらの事から、インプラントに対して『長持ちしてほしい。』という期待を持つと、その期待に裏切られる事があるという事実も受け入れなければなりません。
天然歯の場合には時々「歯を磨くのを忘れて寝てしまった。」といった場合でも、直ぐにはひどい化膿を起こしません。
勿論、こんな状態が毎日続けば、やがて歯周炎(歯槽膿漏)へと移項して、歯を支える骨に炎症や吸収を起こします。
通常、歯肉溝に少々の細菌が侵入しても大事には至らないのはこのメカニズムのおかげです。
しかし、インプラントの場合には、このインプラントと歯茎の間に存在する免疫のメカニズムが天然歯の場合に比べて働きにくくなっています。
このため、丁寧な歯磨きを怠ると、ここから細菌が侵入してひどい化膿を起こす原因になります。
インプラントと顎の骨の接合状態は天然歯と全く違う
■『歯と骨の接合状態』と『インプラントと骨の接合状態』
人体は大事な骨を守るため、その周囲に筋肉、皮膚、粘膜などがついて、これを保護しています。
その粘膜を切り開き、骨に穴を開け、将来の歯の代わりになる冠や義歯の支柱を骨内に埋め込む訳ですから、手術時の感染に特に注意を払う必要があります。
完全な滅菌など不可能です。
私たちの口の中には清潔な人で約200種類、あまりきれいでないお口の中で約500種類の細菌が共生しています。
こういった細菌は健康な間は何も悪さらしい事はしないのですが、手術となると場合によっては病原性を発揮します。術者の注意深さが試される場面です。
健康で、十分な厚みを持った顎の骨にインプラントを埋め込む場合にはある程度安心できますが、歯周病で弱っている骨となると話は別です。
こんな場合に、顎の骨にインプラントを埋め込んだ全症例が全てうまくゆくわけがありません。
充分なお口の管理が出来なくて歯周病になったのですから、骨内に植立したインプラントの完全な清掃管理が出来ない事の方が多いかもしれません。
天然歯の場合、硬い歯は硬い顎の骨と癒着しているのではありません。歯の根は、顎の骨や歯茎と弾力のある無数の繊維でつながれているのです。
これにより、噛む力は、歯の根と顎の骨との間の緩衝部分で適切な力に弱められて顎の骨に伝わります。
しかしインプラントは固いだけです。これが、手術により、顎の骨に癒着するのですから、噛む力は直接顎の骨に伝わります。これは、顎の骨や顎関節を痛めてしまう原因になってしまいます。
それに比べると、入れ歯と顎の骨の間には粘膜というやわらかい部分があります。そのために入れ歯の方が、体にはやさしい存在と言う事が出来ます。
すなわち、噛む力は
何らかのクッション作用により
弱められて顎の骨に伝えられるのが
自然の姿です。
勿論、これに対応した種類のインプラントもありますので、手術の前に主治の歯科医と十分話し合って、一番良い種類のインプラントを選択すれば良い事になります。
インプラント手術はそのリスクを十分に理解してから受けましょう
■インプラント植立後のお口の管理について
インプラント手術を受けた後は、特に丁寧な歯磨きをする必要があります。
少なくとも、通常のハブラシに加えて、超音波ハブラシ、歯間ブラシ、デンタルフロス、水力による清掃用具、および洗口剤の併用による丁寧な歯磨きが必要だと考えています。
特に周囲の歯が歯周病になっている状況下でインプラント手術を受けても、周囲の歯の歯周病に気をつけないと、インプラントにも危険が及びます。
インプラントは複雑な構成物です。だから、周りの歯の歯磨きも、またインプラント本体の歯磨きも重要です。
実は歯の汚れは簡単には落とせない事を十分に自覚して、丁寧なお口の管理をする事が大切です。
歯を失った原因が何なのか、どうしておけば失わずに済んだのかを良く考える事こそ、インプラントを長持ちさせる上で最も重要な事です。
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定期的に手術をしてもらった先生の歯科医院を訪れて、管理に問題がないか、インプラントがうまく機能しているかを点検してもらう事は、絶対に忘れてはならない事です。
■はぎしり・かみしめ・顎関節症に対する考え方
さて、はぎしり、かみしめ、顎関節症等がある場合の事ですが、これは顎関節症の所でも述べました様に、寝ている間に異常な力でかみしめを起こす可能性の大きい状態です。
はぎしりの時のかみ合わせる力は、想像を超えた強さです。習慣性のはぎしり・噛み締めがある場合、この状態はいずれ、その歯に咬合性外傷という状態をもたらします。
その結果、歯の周囲の骨が次第に吸収してゆき、やがてはグラグラになります。
この状態がインプラントの部分に起こったらどうなるか? 答えは明らかです。
以上の様な条件が上手にクリア出来れば、とりあえずは自己診断でインプラント植立が出来る希望が持てる事になります。
後はインプラントをしてもらった事のある方に良い先生を紹介してもらい、後はその先生と検査結果を見ながら、手術が出来るかどうか、出来るのならどのようなインプラントを植立するのかに関して納得ゆくまで相談していただければ、良い結果が生まれるはずです。
その際、最も気を付けて話し合わなれけばならないのは『金属アレルギー』に関しての細かい注意点です。
まず、使用するインプラントの材料に使用される金属の種類、インプラントの上に装着する冠等に使用される金属の種類です。
決して安くない費用を使って、生体内に人工物を入れ込むわけですので、細心の注意をはらって事を進めなくてはなりません。
皮膚科での『パッチテスト』を受けて、現在自分はどのような金属に対してアレルギーを起こす可能性が高いのかを把握する事は必須条件です。
将来の金属アレルギーを心配していたら何も出来ませんので、インプラント手術を受ける際には、現在の自分の金属イオンに対する抗体の有無や種類だけは最小限把握しておきましょう。
この金属アレルギーに関しては『金属アレルギー』のページに詳しい説明を載せました。インプラント手術を受けようとお考えの方は、このページを丁寧にお読みになって、将来起こりうる危険性を回避する事が大切です。
最後になりましたが、「何故私はインプラントを扱わないのか?」という問いに対する答えについて述べます。
以前、私がインプラントを始めようと張り切っていた頃、この人は絶対インプラントの適応だと自信を持って勧められる50歳台後半の女性の患者さんがいました。
歯磨きは趣味の域を超える程丁寧でしたし、歯を失った原因も偶発事故で本人には落ち度はありませんでした。
上下の顎の位置関係も理想に近い状態でした。まさに、インプラント手術を受ける為に、歯を失った様な方でした。
インプラントについて話している間、その患者さんの友人のインプラントがうまくゆかなかった事とか、インプラントについて持っている不安を盛んに訴えてこられました。
ひとつひとつに丁寧にお答えして、その患者さんがほぼ納得したなと思った時、ふいに次の様に聞かれました。
『先生、私は今は元気ですが、10年あとの事はわかりません。もし、病気にでもなって、体が不自由になって、歯が三度三度ちゃんと磨けなくなってしまったら、私のインプラントはどうなるのでしょうか?』
未だに、この質問に対する適切な答えが見つからないのです。
手術を行ったからには末永く、トラブルなしで使って頂きたいものです。
この質問に対して、患者さんの納得のゆく説明が出来るようになったら、積極的にインプラント植立の手術をしようと思っています。
何故なのか良くかりませんが、私が『この症例は絶対インプラントの適応だ!』と判断した患者さんには、必ずインプラントをお勧めして立派な先生の診療所に行くように強くお勧めするのですが、そういった患者に限ってインプラントに対する恐怖心が強い傾向があります。
いくらお勧めしても、考え込んでしまい、結局は『メタルボンド冠によるブリッジ』(審美歯科のページ参照)、『スマイルデンチャー』(スマイルデンチャーのページ参照)、『金属床義歯』(金属床義歯のページ参照)などを希望されて、こういった補綴物を装着してしまい、インプラントをしようとなさる方が少ないのが実態です。
また、最近では生体用シリコーンを入れ歯の粘膜面に貼り付ける技術
(バイオテック社ではコンフォート義歯という名前で作製しています)なども発達する一方で、
『何故、部分床義歯学や総義歯学は確立した技術となっているのに、
わざわざインプラントを植え込む必要があるのか?』
といった議論がアメリカをはじめ、先進各国で見られるのも事実です。
反対に、『どうみても、インプラント植立を行ったら100%失敗する。』と自信を持って言える患者さんに限ってインプラントを強く希望されて、『どこか、良い歯科医院を紹介してくれ。』と懇願されます。
失敗する事が明白な患者さんを立派な先生に紹介するわけにもゆかず、当惑してしまいます。
当院では『インプラント植立術』はおこなっておりませんが、御相談やセカンドオピニオンの必要な方は遠慮なく御来院下さい。丁寧なご説明をさせて頂きます。
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